川原繁人
1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。
さて、本企画が始まった経緯を説明したいと思います。私自身、博士号を修得して(一応)一人前の研究者になってから15年ほどが経ちました。ありがたいことに最近では、専門家以外の多くの方々に向けて言語学や音声学という学問が具体的に何を研究しているのか解説する機会を多く頂くようになりました。2022年には一般の読者に向けた著作を2冊出版しました。そんな中で次の新たな企画として「小学生にもわかるように音声学を解説してみてはいかがですか?」というお話を頂きました。
私としてもまだ経験したことのない挑戦で、確かに面白い試みになりそうな予感はありました。しかし同時に「小学生にもわかるように」書くのであれば、「実際に小学生に教えてみたい」という気持ちが湧き上がってきました。「教えたつもり」で執筆してしまっては「看板に偽りあり」になるであろうと感じてしまったのです。
ちょうど時期を同じくして、私の前著『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)が刊行され、その本を和光幼稚園時代の恩師であった北山ひと美先生にお送りしていました。すると北山先生からお礼のお手紙を送っていただきまして、しかも、私が解説している音声学・言語学という学問が初等教育にも重要なのではないかとおっしゃってくださいました。でしたら、これも何かのご縁かと思い、実際に和光小学校で生徒たちを相手に言語学の講義をおこなうことになったのです。
私自身、幼稚園・小学校と和光学園に通っていたのでよくわかるのですが、和光学園では、自分でものごとを考える力や自分の意見を周りに伝える力を育てることを大事にしています。ですから、小学生を相手に言語学・音声学の特別授業をするのであれば、特に好奇心豊かな生徒が集まる和光小学校がぴったりだと思ったのです。企画段階では「興味がある生徒を5人ほど集めて‥‥‥」などと思っていましたが、実際に私の特別授業を聴きたいという生徒を4,5,6年生から募ったところ、30名以上の参加がありました。
私も小学生を相手に講義するという機会は初めてでしたから、子どもたちがことばのどんなことに興味を持ってくれるかわかりませんでした。そこで、あらかじめ質問を募集しておいて、その質問に答える形で講義を進めることにしました。少し先取りして、生徒たちから送られてきた質問を紹介すると:
どれも言語学や音声学の核心を突くような質問ばかりです。私は小学生にもわかってもらえるような形で、これらの質問に答えていくため入念に準備して本番に臨みました。
子どもたちは計2時間半の長丁場だったのにもかかわらず、みんな最後までついてきてくれました。好奇心のかたまりである子どもたちからの質問に答えながら「言語とは何か」が改めて浮かびあがってきた手応えがあります。こちらも先取りになりますが、子どもたちが授業の最後に書いてくれた感想を抜粋します:
本連載では、この特別授業の雰囲気をできるだけそのままに、言語学・音声学という学問を紹介していきたいと思います。
また、講義には私の幼稚園・小学校時代の担任の先生も参加してくれました。そして、講義の合間に小学生を相手に教えるためのコツなども教えて頂きました。この年齢になると自分の教え方にアドバイスを頂くという機会はなかなかないので、これは本当にありがたいことでした。実際にどんなアドバイスを頂いて、それらを私がどのように活かそうとしたのかは、連載の中でのちのち明らかになっていきます。
おかげさまで大学の講義や社会人向けの講義では絶対に成し遂げられなかったことができました。大げさでなく、ひとりの教育者として成長する機会を頂けたと思っております。あの生き生きとした子どもたちとの議論の雰囲気を、読者のみなさまにも感じて頂ければ幸いです。
それでは、講義のスタートです!
(第1回につづく)
1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。