黒川晝車
1997年生まれ。愛知県生まれ千葉県育ち。筑波大学比較文化学類卒。専攻は日本民俗学。Youtube/Podcast番組「ゆる民俗学ラジオ」「ゆる音楽学ラジオ」でパーソナリティをしながら、㈱pedanticの経営する「ゆる学徒カフェ」にて雇われ店長として勤務中。大きな草原が大好きなのでモンゴル及び中央アジアにも関心が強く、隙を見ては渡航を企てている。
今回のテーマ:『軒端』
なんでもなさそうな軒端(のきば)には、五百年近くの歴史が隠れている。
ところでこちらはまったくの余談だが、同じく軒端にある誰しもがキニナルモノについて簡単に説明しておこう。住宅ひしめく路を歩いていて、ふと誰の住まいとも知れない家屋が目に入る。その家宅の玄関の上部、軒下の欄間あたりに目をやったとき、悪魔のような絵が描かれた御札が貼ってあるのを見かけたことがないだろうか。見慣れない御札が貼ってあるだけでもぎょっとするのに、にやりと口角を上げた怪物までいっしょに描かれている‥‥‥見てはいけないものを見てしまった、忘れよう。なんて経験がある方もいるかもしれない。落ち着こう、あれは悪魔ではないので、どうかおびえないでほしい。
あのガリガリに痩せた鬼のような肖像は良源というお坊さんを描いたもので、むしろ病魔を退けてくれる存在なのだ。平安時代に活躍した天台宗の僧侶である良源は生前、徳の高い僧侶として名が知られていたのと同時に加持祈祷に優れた人でもあった。加持祈祷は簡単に言えば、病気などの厄難を神仏の力を借りつつお祈りでもって祓い除けるもの。神頼みしかできないくらいに追い詰められた人々にとって、彼の存在はなによりの希望だったのだろう。そんなお坊さんがあんなに怖い姿かたちをしていたのかというと、そういうわけではない。こんな話がある ― 都に疫病が流行った際、比叡山でこの事態を憂いていた良源は弟子たちを集めて、鏡の前で瞑想に入った。するとやにわに、鏡に映った良源の姿が瘦せこけた鬼の形相に変化していった。ほとんどの弟子が恐れて何もできなかったが、あるひとりの弟子だけがこの姿を絵に書きとめておくことに成功した。良源はこの絵を版木に彫らせて御札を刷らせ、これを家々に配った。病魔はこの黒い良源の絵に恐れをなして退散し、疫病の拡大は防がれた、と。こうして今に残っているのが件の御札なわけだ。ここに描かれる黒い鬼のような良源を、特に「角大師(つのだいし)」と呼ぶ。鎌倉時代末期の書物からすでにこの角大師御札の存在が確認されていて、相当長い歴史があることがわかっている。なんでもなさそうな軒端には、実に五百年近くの歴史が隠れているのだ。
柿や大根といったものに注目して観たときの軒端と、ハリセンボンや目籠に注目して観たときの軒端とは、こうしてみると同じ場所なのにずいぶん姿が違って見える。ある空間が多面的な役割を持つのはそう珍しくもないものだ。けれど食品を扱い生活に役立てるという「日常的」な営みと、見えざるものに対して働きかけようとする呪術の論理が垣間見える「非日常的」な営みが混在している軒端という空間は、私たちがその字面から思い起こすイメージよりもずっと複雑な性格を持っていた。どうしてこんなにややこしいことになっているのだろう?
それは軒端が境い目にあるからであり、また境い目そのものだからだ。ある空間と、また別のある空間とがぶつかるあいだにある緩衝地帯を「境界」と呼ぶ。空から俯瞰して見れば軒端はある建物の輪郭そのもので、建物とその周辺の土地とを分断する明確な線だ。一方で軒下すぐは地面であり、常に雨風にさらされている場所でもある。そのため、この軒のまわりの空間を家の内側と言ったらいいのか外側と言ったらいいのかは、どうもはっきりしない。まさしく境界だ。民俗学はこの境界という空間について多くの注意を払ってきた。それは奥山と里とのあいだであったり、村と別な村とのあいだであったり、道とそれに沿って流れる川とのあいだであったり、人の身体とそれをとりまく外界とのあいだ(つまり肌)であったり ― どちらともつかず、けれど常にどちらかの影響を受け続けて、どちらの性格も有している場所。こういった中途半端な空間では実に多様な民俗事象を見つけ出すことができる。ここで紹介しきることなんてとうていできっこないけれど、すでにここまで見てきたように軒端ひとつとってもこれだけ紹介できるものがある。境界というのは本当に面白い空間なのだ。
境界というのをイメージしたとき僕らはどうしても水平方向を意識しがちだけれど、実は垂直方向にも境界は存在している。例えば身近な例で言うと屋根裏なんかはそうだろう。屋根や屋根の上に広がる空と、部屋の天井とのあいだにある日ごろは視界に入ることのない暗い場所だ。確実に屋内でありながら生活圏とはほとんど重ならないため、ここも境界として特別な扱われ方がすることがある。ちょうど1年前の2023年2月中旬、香川県高松市牟礼町の民宿「高柳旅館」の屋根裏で俵が一俵、発見された。ここには夥しい数の御札が詰まっており、俵には一本の矢がくくりつけられていた。こう聞くと怖い感じがするがこの風習は「俵札」というそうで、四国八十八か所のお遍路に訪れた客が遍路宿に接待してもらったお礼に渡す御札をしまっておくためのものだそうだ。この地域ではときおり見つかるようである。ありがたい寺社に由来があるぞんざいに扱えない御札を、しかし普段の生活圏の外で保管しようとするとき、屋根裏という境界がその役割を担うのだろう。
よく知られた妖怪に「天井嘗め」というやつがいる。夜中に天井から下りてきて天井を舐めて染みをつけるはた迷惑な奴だ。また、東京都墨田区本所を舞台に江戸時代から語られる本所七不思議には、天井を突き破って下りてくる毛むくじゃらの足の怪談「足洗邸」(あしあらいやしき)が含まれていたりする。また江戸川乱歩の小説に「屋根裏の散歩者」というのがある。この物語には屋根裏を徘徊することを趣味にしている視点人物があるとき、毒物を天井の穴から垂らして部屋の中の人間を殺害するという犯罪計画を思い付き、それを実行に移すというストーリーが見られる。これらは自分たちが普段意識していない頭上の空間には何者かの存在があって、その存在はこちらを観察していて、隙を見せると危害を加えてくる‥‥‥そういった境界への意識があることから生まれた物語たちだと言ってもいいだろう。柿やハリセンボンのような具体的なモノをとりあげなくても、日本人の持っている世界観を考察できるのが民俗学の楽しいところのひとつだ。
僕のお気に入りの論文のひとつに山本陽子氏の「『さかさまの幽霊』再考 ― 屋根の上の異界 ― 」(2013年『明星大学研究紀要【人文学部・日本文化学科】』第21号)がある。この論文では「霊的なものが出現する高さ」に着目し、いくつもの事例を挙げて「実は人間のすぐ頭上から屋根の上までの空間には霊的な存在が跋扈する異界が広がっているのではないか?」というたいへん挑戦的な仮説を立てている。かねてから日本人には空高くに異なる世界(異界)、あるいは死後の世界(他界)が存在しているとする世界観があるのだと指摘がされていた。こういうのをそれぞれ天上異界観、天上他界観という。山本氏はこれを踏まえて、その「天上の世界」と「僕たちの住む世界」のあいだ ― つまり境界部分にはさらにまた異なる世界があるのでは、と主張するのだ。内容の学術的な是非は研究者の方々に判断してもらうとしよう。ともかく僕は山本氏のこの論文を読むまでそんなことは少しも頭を過(よぎ)ったことがなかったのに、今ではそれを意識しない日はない。
あなたは考えたことがあっただろうか。日ごろなにげなく見上げるほんの少し高いだけの場所に、まったく別な世界が広がっているなんて。それは恐ろしくもあり、楽しくもあり、なんだか不思議な気持ちがしてくる世界観だ。
境界に目を向けるというのは、その外に広がっているまだ知らない世界を見つけだす冒険に似た営みなのである。
(第2回 おわり)
1997年生まれ。愛知県生まれ千葉県育ち。筑波大学比較文化学類卒。専攻は日本民俗学。Youtube/Podcast番組「ゆる民俗学ラジオ」「ゆる音楽学ラジオ」でパーソナリティをしながら、㈱pedanticの経営する「ゆる学徒カフェ」にて雇われ店長として勤務中。大きな草原が大好きなのでモンゴル及び中央アジアにも関心が強く、隙を見ては渡航を企てている。