
自分の四匹の子猫たちみんなに、どうして翼がはえているのか、ジェーン・タビーお母さんにはさっぱりわけがわかりませんでした。
『空飛び猫』より
2025年6月に開催した『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』の刊行記念イベント「猫と小説と、AI時代のことばのゆくえ」では、翻訳家の大久保ゆうさんと書評家の倉本さおりさんにご登壇いただき、猫本の魅力についてたっぷりと語っていただきました。その中で大久保さんがご紹介した一冊がこの『空飛び猫』です。今回は「猫がしゃべる物語」つながりということで、本書をご紹介いたします。
アーシュラ・K・ル=グウィンは『闇の左手』や『ゲド戦記』などの作品で知られるアメリカの作家です。SF・ファンタジーの分野で数多くの作品を遺していますが、本作『空飛び猫』シリーズによって絵本作家としても知られています。
本書の冒頭、いきなり翼の生えた子猫たちが可愛らしいイラストとともに登場。どうやら彼らは野良猫一家らしく、周りの環境もあまり良くなさそうです。タビーお母さんは翼の存在が気になりつつも、子育てに忙殺されてそのことを考る暇がありません。
そんなある日、とある事件がきっかけで、子どもたちは旅に出ることになります。
ここは子供たちが成長するのにふさわしい場所ではありません。そしてお前たちはここから飛んで出ていってほしいとお母さんは思います。
『空飛び猫』より
セルマ、ジェームズ、ロジャー、ハリエットの4兄弟は、新天地を目指して飛び立っていくのです。
やがて4匹は初めてコンクリートやアスファルト以外の地面と遭遇します。
土、砂、落ち葉、草、小枝、きのこ、虫。どれもこれもわくわくするような素敵な匂いがしました。
『空飛び猫』より
新しい土地で、ツグミやネズミ、魚などさまざまな動物との出会いを重ねていく4兄妹。「異形」の動物としてどうしても目立ってしまう子猫たちですが、果たして安住の地を見つけることができるのか・・・。
「今朝のことなんだけどね、僕は小枝をくわえて巣に向かっていたんだ。すると我が家の樫の木のてっぺんからだね、猫が舞い降りてきて……いいかい、猫が舞い降りてきたんだよ、空中に浮かんだまま僕にむかってにやっと笑いかけたんだ!」とツグミは言いました。
『空飛び猫』より
こんな風に、行く先々で反発を受ける「空飛び猫」たち。そんななか、周りの動物たちがいくら騒いでも平然としている魚たちが面白い。猫の食事にされても、なされるがまま。じたばたせずに、流れに身を任せる魚たちの存在がユーモラスでなんとも印象的でした。
翻訳の村上春樹さんが「これは子供向けの絵本なので、細かい訳注なんて必要ではないわけですが・・」と書いている通り、この物語に教訓や考察を求めるよりは、猫たちの冒険をかわいいイラストと一緒にそのまま楽しむのが良さそうです。
一方、『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』には猫の童話が収録されています。1881年に書かれた『猫のアラビア夜話―グリマルカン王』はアラビアンナイトのパロディ作品で、子供も読むことのできそうな楽しい物語です。
黒・青・灰色以外の毛並みの猫を皆殺しにするお触れを出した猫の王様・グリマルカンに、美猫・プッシャニータが挑みます。時間稼ぎのためにプッシャニータの祖先にあたる「ピンキーホワイト」の物語を王に持ちかけるのです。
「よかろう、猶予を授ける」と言い出す王。「余も知りたくてたまらぬ。なにゆえ貴様のひいひいひいひいひい、さらに二十七回ひいがつく曾祖母が不幸で、どうして幸せになったのか、(略)」
「仰せのままに」とプッシャニータは応じる。「それではお話しいたしましょう、わがひいひいひいひいひい、さらに二十七回ひいがつく曾婆様たるピンキーホワイトの物語を、本人が貴婦人イエロー=ポウの名高い宴席で命じられて話したままに」
『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』より
「イエロー=ポウって誰?」「名高い宴席ってなに?」、グリマルカン王はプッシャニータが語る物語が聞きたくなって仕方がありません。王を虜にする物語を夜な夜な語るプッシャニータは、猫たちの命を救うことができるのでしょうか?
世界的に有名な絵本『空飛び猫』と、大久保ゆうさんの翻訳によって掘り起こされた幻の猫童話を、ぜひ読み比べてみてください!
【今日の本】
『空飛び猫』アーシュラ・K・ル=グウィン著 S.D.シンドラー絵 村上春樹訳(講談社文庫)
『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』ウィリアム・ボールドウィン他著 大久保ゆう編・訳(soyogo books)

(ソヨゴ書店 今日の本 その6 おわり)