
「その絵を描いてくれた人のこと、話してあげようか」「うん!」
おばあちゃんは、子どものころのとくべつな思い出を、わたしに話してくれた。
『海のアトリエ』より
本日はsoyogoサイトの「美しい本のはなし」にご寄稿いただいている、画家・絵本作家の堀川理万子さんの本をご紹介します。
『海のアトリエ』は、大人も楽しむことのできるとても素敵な絵本です。主人公の女の子はおばあちゃんの部屋に飾られた一枚の少女の絵に目を留めます。その絵が少女時代の自分だと告げたおばあちゃんは、女の子にひと夏の思い出を語り始めるのです。
ある年の夏休み。当時、不登校になっていた少女時代のおばあちゃんは、母親の知り合いの女の人から一週間泊まりに来ないかと誘われます。
女の人は絵描きさんで、海辺にアトリエをかまえているのです。少女はそのアトリエで女の人と過ごすことになります。
大きな窓越しに見える美しい海、色彩豊かな絵の具の数々、おいしそうな飲み物や料理、本やレコードや猫・・・。ふたりが過ごす静かで幸福感に満ちた時間と空間が、1ページごとに丁寧に描かれます。
ふたりで絵を描く場面。白い紙を前にして筆が止まってしまう「あたし」に、女の人はこう語りかけます。
『人はだれでも、心の中で物語をつくることができるでしょ。だれでもみんな、心の中は自由だから。それをそのまま、描いちゃえばいいのよ。どんなふうにだっていいのよ』
『海のアトリエ』より
「あたし」は絵の具を手につけて、大きな紙に大胆な「夕焼けの海」を描きます。そうしたひとつひとつの場面は眺めているだけで楽しく、ちょっと特別な毎日を、絵本の中のふたりと一緒に楽しむことができるのです。
最後の日、ふたりで海を見つめる場面がとても美しい。どこまでも広がる海と空が、「あたし」の心の解放と幸せな未来を約束しているようにも見えます。
もう一冊はガラリと雰囲気が変わって、戦争のお話です。『いま、日本は戦争をしているー太平洋戦争のときの子どもたちー』は、子ども時代に戦争を体験した17人の方々に堀川さんが取材をした貴重な記録です。当時の様子が絵と文章で綴られており、戦下を生きる子どもたちの姿が胸を打ちます。
寄宿舎をでて、南のほうにある避難場所をめざしました。
御幸橋のそばを通るとき、両うでを前につきだして、歩いている人たちを見ました。うでの皮ふが、着物のそでのようにたれさがっているのです。それが痛いから、うでを前につきだしているのかもしれません。
(笹口里子さん 14歳 広島 1945年(昭和20年)8月6日9時半)
『いま、日本は戦争をしているー太平洋戦争のときの子どもたちー』より
女学校に通いながら人手不足のために電車の車掌として働いていた14歳の笹口さんのエピソードです。このあと、避難場所のとなりの保育園に鉄棒を見つけた笹口さんたちは、うれしくなって鉄棒で遊びます。恐ろしい状況に遭遇しながらも遊びを見つけて楽しむ少女たちの姿が何ともリアルで、8月6日の広島にはこんな光景もあったのだという発見があります。
空には、はえのようにたくさん爆撃機がいる。
おれは安和のマハ(家の裏の山の畑)に、おっかぁがひとりでほった防空壕から空を見ているんだ。
アメリカ―(アメリカ軍)の攻撃がどんどんひどくなるので、家のある安和から、この防空壕におばあ、おっかぁ、ねーねー(姉)、ちえこ(妹)と移ってきた。
爆撃機のあまりの多さに、「どういうことだ?」と考えて、ぞっとした。
(比嘉義秀さん 7歳 沖縄 1945年(昭和20年)1月22日)
『いま、日本は戦争をしているー太平洋戦争のときの子どもたちー』より
きびしい父さんだった。こわい父さんだった。からだが小さかったので、第二補充兵だったのに、そんな父さんまで召集されてしまった。その父さんが死んでしまったんだ。そして、父さんの死んだ日は1946年(昭和21年)1月16日だとわかった。そうだったのか、戦争がおわってから、父さんは死んだのか。父さんのごつごつしてかたくて、ときどきおれをしかるときにふるうげんこつ、そして、よくはたらく手。おれが小さいときは、「おい、夏祭りにいこう」とつないでくれた手。
3年会わない間に顔をわすれてしまった。でも父さんの手は、よく覚えている。
(堀田峰生さん 15歳 北海道 1946年(昭和21年)3月)
『いま、日本は戦争をしているー太平洋戦争のときの子どもたちー』より
このように、子ども時代に戦時下を生きた方々のさまざまな証言が、堀川さんの絵とともに描かれています。証言や資料をもとにして、絵と文章で戦争の記録を綴ることは大変な仕事だったかと思います。漢字にはすべてルビが振られているので、子どもたちにもぜひ読んでほしい一冊です。
堀川理万子さんの本の世界を、ぜひ味わってください。
【今日の本】
『海のアトリエ』堀川理万子(偕成社)
『いま、日本は戦争をしているー太平洋戦争のときの子どもたちー』堀川理万子(小峰書店)

(ソヨゴ書店 今日の本 その5 おわり)