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感じる人びと 第5回 目で「感じる」 無限の色彩をあやつるひと

二宮敦人

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Illustration もとき理川

色彩設計
梅崎ひろこ(うめざき ひろこ)

1600万の色を使い分ける

「色のついていないところって、ないんですよ」

 梅崎ひろこさんの何気ない言葉に、ハッとさせられた。

 その通りである。

 僕はふだん、どれくらい色を見ているだろう。しっかり確認しているのは信号の色や、家族で分かれているマグカップの色、お店に並んだ野菜や果物の顔つきくらい。それでも神様は当たり前のように、全てのものに色をつけておいてくれる。白なら白できちんと、様々な濃淡の白がついている。

「アニメでは、色のチェックは絶対に飛ばせません。視聴者がぱっと見で、おかしいと感じてしまうからです。たとえば1か所だけ色を塗り忘れるとしますよね。すると映像にした時、そこが白くチカチカ、パカパカっと点滅するように見えてしまいます。業界の用語で『パカ』と言います」

 淡い緑色に水色やピンクの模様が入ったワンピースに身を包んだ梅崎さん。そこにいるだけで、会議室に水彩画が飾られたかのようである。

「そんなに違和感があるものなんですか」

「はい。主人公のキャラクターが全く違う色で塗られていたら、それはやっぱり許されない。どんなにスケジュールが厳しくても、直さなくてはならないんです。アニメの世界から、一気に現実に引き戻されちゃうんですよ」

 色は、情報の中でも真っ先に人の目に飛び込んでくるのだ。

「塗り忘れはわかりますけれど、塗り間違いもだめなんですね。少しくらいなら気づかれないのでは?」

 梅崎さんは柔らかく笑った。

「そうかもしれませんね。でも、気づかれる可能性があるとわかっていて、残すことはしたくないですから。だから時間ギリギリまで、絶対直します」

「なるほど」

 僕は気軽な気持ちで聞いてみた。

「アニメで色って、何色くらい使うんですか?」

「昔はセル画といって、専用の透明なフィルムにアニメ用の絵の具で塗っていました。90年代の後半では、だいたい350種類くらい、絵の具を使っていたと思います」

 メーカーによっても違いがあるほか、よく使うものもあれば、あまり使わないものもあるそうだ。

「つまり、約350色ですね。けっこうあるなあ」

 学校で使っていた色鉛筆セットが、12色入りだったのを覚えている。それでも全色を使いこなせていたという自信はないのに。 

「でも、今はデジタル彩色になりましたから。パソコンに絵を取り込んで、専用のソフトで色を塗っていきます」

「ということは、使える色も増えますね」

「はい。ほぼ無限になりました」

「えっ?」

 RGBカラーモデルでは、256の3乗、つまり1677万7216通りの色が表現できる。色鉛筆セットのざっと140万倍だ。

「それだけの色を、間違えずに使い分ける‥‥‥?」

 気が遠くなってくる。

「もちろん、全部を使うわけではないですよ。作品によっても違ってきます。何色くらい使うかな‥‥‥数えても仕方ないので、数えたことないんですよ。でも数万色から十数万色くらいは使うと思いますね」

  梅崎さんはフリーランスで色彩設計をしている。アニメーション作品制作の総責任者が監督、絵に関する責任者は作画監督、そして色に関する責任者が色彩設計だ。一つの作品世界における、色付け担当の神様である。

「それって、大変な仕事ですね」

「そうなんですよー! 大変なんです」

 どこか楽しそうに笑いつつ、梅崎さんはその、色彩豊かな仕事模様を教えてくれた。

  色付けは、キャラクターの衣装簞笥の中まで

「アニメの色を、梅崎さんが決めているってことですよね。実際の仕事は、どんなふうに進むんですか?」

「最近は制作期間も長くなってきていて、だいたい放映の2、3年前から企画が動き始めます。作品の概要が固まったら、テレビ放送であればシリーズ構成が組まれます、全13話とか、全26話とか。その後、映像の設計図にあたるものが作られ始めます。みんなで世界観を共有するために、イメージボードといって、作品の情景を表現した絵を作ったり。さらに登場人物のキャラクターデザインをデザイナーさんに発注して、上がってきたら‥‥‥ようやく私の出番です」

「先にいろんな作業があるんですね」

「はい、企画が動き始めた時点で声はかかっていますので、数か月くらいは待ち、です」

 いくつかの仕事を掛け持ちしつつ、なるべく忙しい時期が重ならないよう、スケジュール管理するそうだ。

 実際のキャラクターデザインを見せてもらった。線だけ、つまり白黒の絵として、登場人物の姿が描かれている。

「これに、塗り絵のように色をつけるんですね」

「そうなんですが、まずは監督と打ち合わせをします。作品をどんなふうにしたいか。それによって使う色が変わってきますからね」

 一口にアニメと言っても、子供向けのエンタメ作品もあれば、大人向けの重厚でリアルな作品もある。多種多様なのだ。

「その作品の雰囲気、トーンってありますよね。これは色の理屈でいうと、彩度と明度のバランスなんです。監督の作りたいイメージを聞く中で、これくらいのバランスかな‥‥‥と決めていきます」

「イメージというのは、この時点ではっきりしているものなんでしょうか」

「はっきりしている方もいれば、悩まれている方もいます。やり取りしながら、固めていきます。伝え方も人によっていろいろで、『アジアンなテイストを残しつつ、異世界な感じにしたい』とか、『あの洋画みたいな雰囲気にしたい』とか、『このイラストのような画面にしたい』とか」

「『あのアニメみたいにしたい』ではないんですね」

「それもいいんですが、そうするとアニメという世界の中だけで作ることになるので。もっと大きなものを目指したい、という志があるんです。『惡の華』という作品で長濱博史監督とご一緒したときには、ロトスコープでやる、と方向性が明確でした」

 ロトスコープとは、アニメーションの手法の一つ。モデルが演技した映像を撮り、さらにその映像を絵に写し取ってアニメにする。

「実写とアニメとで、2回映像を作るわけです。実写の方もしっかり俳優さんが演技して、そのまま映画にできるようなものですからね」

「凄く手間がかかりそう‥‥‥」

「その分、独特の雰囲気や現実感が出るんです。それを崩さないように、徹底的に作品の美術に寄せて、色を選びました」

「すると案外、梅崎さんが好きに色を選べるわけでもない?」

「細かいところは結構任されますよ。この子、赤系が似合いそうだな、オレンジがいいかな、とか考えて。試しに色を置いてみて、ちょっと違うなと思ったら変えて」

「アニメって、髪の毛が真っピンクとか、現実じゃちょっと違和感があるような色も使われますよね」

「そのあたりも監督の考えしだいですね。これまでのアニメの文脈や視聴者の層などもふまえて、これくらいまではいいかな、という範囲で調整します」

 確かにキャラクターごとに目立つ色がついていた方が、小さい子にとってはわかりやすいかもしれない。

「それから、登場人物についていろいろ聞きますね。この子、どんな子なんですかって。引っ込み思案な性格だったら、私服はこんな感じの色かな。普段は明るいけど寂しがり屋だったら、小物はこんな色を選びそうだなー、とか。これは『ジョゼと虎と魚たち』という劇場作品で私が作った、色指定表です」

 梅崎さんは鞄からMacBookを取り出すと、画面を見せてくれた。

「現実に普通にいそうな感じ、普通に町中に歩いていそうな感じというリクエストでした。だから今の大学生が着ていそうな服をイメージしました。いっぱいパターンを作って、監督やキャラクターデザイナーさんに見てもらって、『こっちの方がイメージに近いかな』『瞳はもうちょっと淡い感じ』など意見をもらいつつ、決まっていきましたね」

 背の高い男性キャラクター「恒夫」と、小柄な女性のキャラクター「ジョゼ」とがそれぞれ表示されている。恒夫は白いTシャツに紺のジーンズ、腕時計はシックな赤。ジョゼは深緑のスカートに白いシャツ、淡い黄色のマフラーを巻いている。白黒のキャラクターデザインと見比べると、ぐっと存在感が増した印象だ。

「この作品では、それぞれ持っている服も決まっているんです。普通の人って、そんなにしょっちゅう服は買えないじゃないですか。ジョゼだったら簞笥(タンス)の中に持っている服の数は季節ごとに決まっていて、夏場はトップス8枚くらい、スカートも8着くらい、そしてワンピースが2着。日によってスカートだけ違うとか、組み合わせを変えて出てくるんですよ。前半と後半で心境の変化があるんですが、それによって選ぶ服の色合いが違ったりもします」

 作中で描写されないところでも、キャラクターは生きている。鑑賞に耐える作品作りに必要なことなのだ。

二宮敦人(にのみや あつと)

1985年東京都生まれ。作家。 『最後の医者は桜を見上げて君を想う』『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』等、幅広いジャンルでベストセラーを発表。著書に『!』『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』『ある殺人鬼の独白』『さよなら、転生物語』『ぼくらは人間修行中 はんぶん人間、はんぶんおさる。』等がある。

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