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美しい本のはなし 「Steidl」の本作り

石塚元太良

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Illustration 塩川 いづみ

 ドイツのSteidl社のゲルハルト・シュタイデルは、世界で一番美しい本を作る男と言われている。彼を追いかけたドキュメンタリーのタイトルから取られた呼称であるが、映画をご覧になった方も多いだろう。確かに彼の手がけたSteidl社の美術書には、「世界一美しい本を作る」と嘆息してしまう魔力がある。

 手元に何冊かのSteidl社の写真集があるが、まずWilliam Egglestonの「The  Democratic Forest」を手に取ってみる。「The  Democratic Forest」はWilliam Egglestonがライフワークとしてアメリカ南部をスナップしてきた膨大な写真群だ。序文には、エドワード・ホッパーの絵画などとの比較論考が続き、膨大な写真から厳選されたスナップ写真が並べられている。その何気ない日常の写真が、高度な印刷技術によって油絵のように見えてくるのだ。

 Willaim Egglestonはキャリアの中でずっとLeica社のカメラを手にしてきた。初期のフィルムカメラの時代から、2000年代にデジタルカメラに持ち替えて、日常のスナップ写真を撮影してきたわけであるが、そのデジタルとアナログの差異を写真集の中ではほとんど見分けることができない。実際のプリントをスキャニングしてデジタル化したのちに印刷する技術と、レンズから直接撮像素子に取り込んだデータを印刷する過程は、大きな違いがあるが、その違いをプロの僕の目でもはっきりと言い切ることはできない。このイメージはどちらのカメラで撮影されたものなのか。そんなことを念頭におきながら、もう一度写真集をみていくのも楽しいかもしれない。

 次に、同じくWilliam Egglestonの「The  Democratic Forest」を、今度は比較のために、ニューヨークの出版社であるDoubledayより出版された写真集でみてみよう。冒頭には、Steidl社版の「The Democratic Forest」でも採用された「空」の写真(タイトルEarly Spring at Mayfair, My Family Plantation in Sunflower Country Mississippi)がくるが、これがSteidl版とはあまりにも違う印刷で、びっくりしてしまう。同じ写真でありながら、こうも印刷で変わってくるものか。

 Steidl社のイメージの方がどうも深みがあり、写真の空間がより立体的である。中ほどのページにある銃のカタログを見つめるオーバーオールの少年の写真(タイトルWinston)。これもどうもだいぶ違う写真のようだ。コントラストが弱く、ページそのものに埋もれてしまっているような印象を受ける。ドキュメンタリーにあったように、Steidl社には自社で印刷機械をもち、その品質をコントロールしている大きな大きな強みがあるのだろう。

 装丁にしても、どちらも布張りの表紙なのだが、佇まいの美しさがやはり全然違う。見返しの紙も、Steidl社のものは、黒でありながら、とても上品な黒。中面の写真を引き立てる総合的な本の設計がなされているのが良くわかる。

 最後に、これは少し自慢めいた話になるのだが、実は僕の写真もSteidl社により出版が予定されている。もう出版が決定されてから5年も月日が経過しているのだが、その間、今か今かと待ち侘びながら、どんな装丁にして、どんな紙、どんな写真集の設計を提案してくるのだろうかと、夢想し期待している。なにしろ彼は、世界で一番美しい本を作る男なのだから。

取り上げられた書籍

  • The  Democratic Forest」William Eggleston  ( Steidl ,2016年) 

石塚元太良(いしづか げんたろう)

1977年、東京生まれ。写真家。 2004年に日本写真協会賞新人賞を受賞。写真集「PIPELINE ICELAND/ALASKA」(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞。2022年にはKOTARO NUKAGA(六本木)の個展の他、アーツ前橋のグループ展や新国立美術館で開催される「DOMANI・明日」展にも参加予定。

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