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知られざる物語-小説の源流をたずねて ボールドウィン『猫にご用心』解説(3)

大久保ゆう

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Illustration 樋上公実子

ボールドウィン『猫にご用心』を読む

 とうとう第三部では、秘薬の力で猫の会話がわかるようになったストリーマ氏が、猫たちによる夜の集会を盗み聞きし始めます。そして末尾にある教訓のくだりでは、その上位存在として〈悪魔猫〉という耳慣れない表現が出てきますが、これは現代ではケット・シーの名で知られるアイルランド伝承上の不思議な猫のこと。意味上は妖猫〉(フェアリー・キャット)〈魔猫〉(マジック・キャット)と言ったほうがいいものの、(妖魔でない一般の猫もしゃべることにしたからか)なぜか今作の英語では少し意味と役割がずれて〈悪魔猫〉(デヴィルズ・キャット)と呼ばれているようです(1)

 さて、集会では一匹の猫が自らの身の潔白を証(あか)すために、身の上話をして情状の酌量を得ようとしているわけですが、そこで暴露されるのは人間たちの赤裸々な日常。詐欺に不倫、その果ての勘違いによる大騒動や破局は、下世話でありながらも人の後ろめたい秘密をばらすという痛快さが今でもありありと伝わってきます。しかし、一方で今作では聖母を拝む行為や危篤時に行う宗教的なミサ(聖体拝領の秘跡と臨終の祈り)も人間の隠し事、よからぬ迷信のひとつとして暴かれています。これはいったいどういうことでしょうか。ここには、16世紀中葉の英国事情が関わってきます。

 この第三部の舞台設定は1551年の春の終わり、宗教改革後の英国です。歴史の教科書にも書かれている通り(2)、イングランドのヘンリ8世は(極言すれば)自身の結婚問題と司法権の都合から、1534年に国王至上法を制定することでローマ・カトリック教会の体制から離脱し、独自の英国教会を打ち立てて、かつて教皇庁が持っていた域内の宗教的権限も自分たちの管轄としました。ところが事情が事情なので、いわゆる新教(プロテスタント)といっても、実際にはこのとき教会制度も宗教生活の内実も変わらなかったといいます。

 しかしこの点も次の御代、幼王エドワード6世のもとで大変化することとなりました。政治を託された摂政評議会が急速に国教会の改革を推し進め、旧来の迷信的な信仰を払拭しようとその一環として、儀式的側面の強いミサと、聖人聖母らの偶像崇拝も排除していったのです。そのなかで大きな意味を持ったのが、今作執筆の直前である1549年に出された礼拝統一法と1550年の聖像反対法でした。とはいえ、「この[…]プロテスタント化運動が、一般にどの程度まで浸透したかはすこぶる疑わし」く、「祖先伝来の慣習と、精神的状況が、庶民をしてそれほど急激な変化に堪えさせうるとは考えられない」とも言われていて(3)、実際今作中でも、若者連中は宗教政策の変化についていけても、高齢者たちが対応できていないような記述がありましたね。どうやらそこを笑いどころとしたようなのです(そして今作の記述からも察せられる通り、国教会が取り除いて一時は罰則つきの禁止までしたカトリック信仰の呪術的要素こそが、そののちの英国では魔女や禁じられた黒魔術・黒ミサの邪教イメージへと近づいていきました(4))。

 こうした描写のほか、騒動のなかでカトリック然とした僧侶たちが散々な目に遭うことや、序詩からうかがえるその受容、そして著者本人の経歴に鑑みて、初期研究の立役者ジョン・N・キングは本作を教皇派への風刺作品と見なし、この猫をプロテスタント信者の持つ良心の具象化であると寓意的にさえ読んでいます(5)。では、今作の筆者であるウィリアム・ボールドウィンとはどういう人物だったのでしょうか。

 近代以前の人物の常としてその素性にはわからないところも多いのですが、スコット・C・ルーカスによる近年の公文書調査で実像が以前よりも見えるようになりました(6)。その研究によれば生年は1526年頃、ロンドンに生まれたものと思われます。そして1547年までにはウィットチャーチなる人物の印刷工房に勤め、そこで20代から30代前半にかけて印刷職人兼著述家としていくつも作品を出版していきました。最初のヒット作は『道徳哲学講話』と題された古代思想家の格言・名言集で、さらに先述の通り時は宗教改革の進む世ですから、時流の好む親プロテスタントないし反教皇派の論調が色濃い著作も手がけたようです。こうした執筆業の成功からか、やがて宮廷人のジョージ・フェラーズと親交を得て、宮中の娯楽にも関わるようになり、この出来事が今作『猫にご用心』の架空の成立背景を語るあらましにも生かされています。

 ところが人生はままならないもので、『猫にご用心』の執筆年である1553年に幼王が急逝すると、争乱ののちに即位した〈血まみれメアリ〉の異名を持つメアリ1世の治世では、カトリック反動が高まり、宗教改革に携わった人々も多く粛清されていきました。ボールドウィンも(宗教上の理由から)オーナーのすげ変わった印刷工房で引き続き勤務していましたが、『猫にご用心』をはじめ用意していた原稿は次々とお蔵入りとなったようで、そのなかには彼が後世に名を残すことになる詩のアンソロジー『為政者の鑑』も含まれており(7)、いずれも出版はメアリ崩御の1558年以降まで待たなくてはなりませんでした。

 さて、このメアリの在位は5年と短期で終わったのですが、宗教混乱期を経て僧侶および僧職志願者は減少の一途を辿り、次のエリザベス1世の治世当初では聖職者(一種の公務員)の人手が足りない状況でした。そこでこれまでの宗教的文筆と学識が買われてか、かつての執筆仲間の縁もあって俗人のボールドウィンにも声がかかり、(新人というにはかなり薹(とう)が立っているものの)1560年には英国教会の教役者に転身することとなりました。その後は2つの聖職禄も得て、しかも1563年9月には聖ポール大聖堂前での屋外説教を果たすなどキャリアも順調だったのですが、その大舞台の直後に、流行していたペストに倒れて37歳で病没してしまいます。

 伝記上の事実を振り返ってみると、今作『猫にご用心』(1553年執筆)はたいへん若書きの作品だったと言えるでしょう。物語作家としては、物言う彫像を語り手とする翻訳風刺詩で習作ともなる『パウロ三世崩御なる驚くべき知らせ』(1552年刊)と、英語最初の書簡体小説とも目される『怠惰の形象と称する小論』(1556年刊)のあいだにあって(8)、さまざまな先行作の要素を採り入れた野心的な挑戦だったはずです。その点は、いきなり猫に物を言わせるのではなく、用いる文体とそこから描き出される物語世界を、語りの区切りごとに段階的に変化させつつ、怪奇迷信が排されつつある時代に猫の語りを成立させられるよう周到に筋道をつけていることからもうかがい知れます。

 たとえば、本作冒頭の書簡とあらましは、執筆直前に英訳が出たトマス・モア『ユートピア』の第一巻と巻末書簡を彷彿とさせます(9)。まずは不思議譚へ至る前置きとして、その文が書かれた縁起と、著者本人とは別の語り手を実在人物と錯覚させるような紹介導入のくだりを挟むわけで、ここではあえて事実を交えることで、現実とフィクションの乖離を小さく詰めています。その上で始まる第一部では、ジェフリー・チョーサー『カンタベリ物語』(やボッカチオ『十日物語』)を思わせる、実在の印刷工房を舞台とした一夜の持ち寄り話が繰り広げられ、いわゆる物語中物語で各種多様な伝承や作り話がもたらされることで、読者は猫についての情報を広く得ることになり、卑近な民のレベルで、猫が語ることへの地ならしがなされています。

 続く第二部は、格調と胡乱(うろん)を併せ持つルネサンス人文主義者のテクストのようで、学識に裏打ちされたかのように見える随想風の手記文体が、克明な行動の記述をもって物語の迫力を高めていきます(10)。これもまた当時英訳されつつあった思想書・学術書の文章世界が、作品内で幻想の境へと向かう語り手の背中を押す役割を果たしてくれていて、その盛り上がりこそが本来ありえない世界の扉を開くというわけです。そして秘薬を使った先に現れる第三部では、動物たちの裁判が繰り広げられる中世寓意譚『狐物語』を踏まえた猫による猫のための裁判と、それを通じた人間社会の諷刺が繰り広げられます。ウィリアム・キャクストンがフラマン語から英訳した『狐物語』を変奏しながら(11)、教会権威から離れられない人々を笑いつつ、陵辱の被害者として堂々と反論する牝猫の姿を描き出すにあっては(12)、旧弊な世の中を転覆しようという改革期の勢いさえ感じられます。

 そして物語の終わりは、寓話につきものの教訓が付されますが、ここではもはやパロディであることは隠さず、不謹慎な聖歌で幕切れとなるものの、ついお話の続きでなるほどと納得してしまう読者もいたことでしょう(もしや迷信に騙される教皇派ならなおさら信じ込んで教訓が響くという二段構えでしょうか)。しかしこうして丹念に段階を踏まえてこそ、同時代を舞台とした寓意幻想譚がようやく書けるのであって、そしてこの変化はリアリティの橋渡しのみならず、物語としての起伏にもなり、ここには展開するプロットさえ生まれています。そしてもうひとつ大事なのは、こうした文体の典拠となる作品群はいずれも原著が同時代の英語文献でなかったという点です。ラテン語で書かれた人文主義者の著述、中世語で詠われた物語詩、大陸の諸言語で綴られた寓話――これらが翻訳書という媒介のおかげで近世英語という市井の言葉でつなげられ、庶民も学者も猫もまとめて同じ口語に訳されて多声的な散文の物語に紡ぎ上がってゆく(12)(13)――その現場にあるのが、今作を英語最初の小説として成立せしめるダイナミズムなのです。

 今作は単体で長く残った作品ではありませんが、その蒔いた種は英文学のあちこちに根付き、それぞれが花開いていきました。なかでも特に猫の文学を追いかけたい向きには、たとえば近刊書の『英詩に迷い込んだ猫たち』や『名作には猫がいる』が良い手引きとなってくれるでしょう(14)。確かに翻訳そのものは、自分たちの住むところとは異なる時空の事情を伝えてくれるものではあれ、単なる珍品として玩ばれるのは本意ではありません。理解の助けとなる解題があれば、その物語世界はぐっと自分たちに近づいてくるでしょう。みなさまもぜひ、翻訳とともに解説も楽しんでいただければ幸いです。

【註】
(1)手元の愛英辞典(M. O. Siochfhradha [ed.], Learner’s Irish-English English-Irish Dictionary, An Comhlacht Oideachais, 1958)によれば、“cat”(ケット)はもちろん猫、“sí”(シー)は妖精または魔法とのこと。とはいえ、アンソニー・S・マーカタンテ『空想動物園』(中村保男[訳]、法政大学出版局、1988年)やW・B・イエイツ[編]『ケルト幻想物語』(井村君江[編訳]、ちくま文庫、1987年)では、聖水で退治される悪魔猫(デーモン・キャット)というアイルランドの伝承も紹介されていて、性質的には悪魔視もあながち的外れではないのかもしれません。
(2)教科書的な記述はJ・R・H・ムアマン『イギリス教会史』(八代崇[ほか訳]、聖公会出版、1991年)に依拠しつつ、情報の更新としてAnthony Milton [ed.], The Oxford History of Anglicanism, Vol.1: Reformation and Identity, c.1520-1662, Oxford UP, 2017も参照しています。また、聖職者不足の問題については指昭博『イギリス宗教改革の光と影:メアリとエリザベスの時代』(ミネルヴァ書房、2010年)が参考になりました。
(3)引用は、小嶋潤『イギリス教会史』(刀水書房、1988年)の75頁。
(4)その後のカトリック信仰と黒魔術イメージの結びつきについて、詳しくはG・サルガードー『エリザベス朝の裏社会』(松村赳[訳]、刀水書房、1985年)の「第四章 白魔術と黒魔女」を参照のこと。
(5)John N. King, 解説第1回・前掲書および [ed.], Voices of the English Reformation: A Sourcebook, U of Pennsylvania P, 2004.
(6)ボールドウィンの伝記上の事項については、Scott C. Lucas, “The Birth and Later Career of the Author William Baldwin (d.1563)”, Huntington Library Quarterly, 79: 1 (2016), pp.149-62のほかA Mirror for Magistrates and the Politics of the English Reformation, U of Massachusetts P, 2009および[ed.], A Mirror for Magistrates: A Modernized and Annotated Edition, Cambridge UP, 2019を主な典拠として、本翻訳の底本と先行するJohn N. King, “Baldwin, William”, Oxford Dictionary of National Biography, vol.3, Oxford UP, 2004, pp.479-80も参照しました。
(7)『為政者の鑑』には冒頭6篇の詩に邦訳があり、ウィリアム・ボールドウィン『為政者の鑑 其一』(山岸政行[訳]、あぽろん社、2000年)として刊行されている。
(8)『怠惰の形象と称する小論』の表記上の著者は、オリヴァ・オルドウォントンなる匿名の人物なのですが、その真の書き手はボールドウィンとも推定されています。詳しくは、Michael Flachmann, “The First English Epistolary Novel: The Image of Idleness (1555). Text, Introduction, and Notes”, Studies in Philology, 87: 1 (Winter 1990), pp.1-74およびR. W. Maslen, “William Baldwin and the Politics of Pseudo-Philosophy in Tudor Prose Fiction”, Studies in Philology, 97: 1 (Winter 2000), pp.29-60.
(9)『ユートピア』含め、今作における模倣ジャンルの混交性についていち早く指摘している優れた論文が、Nancy A. Gutierrez, “Beware the Cat: Mimesis in a Skin of Oratory”, Style, 23: 1 (Spring 1989), pp.49-69.
(10)『ユートピア』のほか、当時の地理書や医術手引きといった人文書との近似性も論じているのが、Thomas Batteridge, “William Baldwin’s Beware the Cat and Other Foolish Writing”, The Oxford Handbook of English Prose 1500-1640 (Andrew Hadfield [ed.]), Oxford UP, 2013, pp.139-55.
(11)このキャクストン版の邦訳は、ウィリアム・キャクストン『狐物語:中世イングランド動物ばなし』(木村建夫[訳]、南雲堂、2001年)で、たいへん詳しい解説もついています。
(12)裁判における女性の語りと、英語という口語で多くの声が平等にまとめられている点の重要性を指摘しているのが、Clare R. Kinney, “Clamorous Voices, Incontinent Fictions: Orality, Oratory, and Gender in William Baldwin’s Beware the Cat”, Oral Traditions and Gender in Early Modern Literary Texts (Mary Ellen Lamb & Karen Bamford [eds.]), Routledge, 2008, pp.195-207.
(13)『猫にご用心』が一種の疑似翻訳として虚実の境で成立している点を論じるのが、Robert (R. W.) Maslenの“‘The Cat Got Your Tongue’: Pseudo-Translation, Conversion, and Control in William Baldwin’s Beware the Cat”, Translation and Literature, 8: 1 (1999), pp.3-27および“William Baldwin and the Tudor Imagination”, The Oxford Handbook of Tudor Literature 1485-1603 (Mike Pincombe & Cathy Shrank [eds.]), Oxford UP, 2009, pp.291-306.
(14)松本舞&吉中孝志『英詩に迷い込んだ猫たち:猫性と文学』(小鳥遊書房、2022年)およびジュディス・ロビンソン&スコット・パック『名作には猫がいる』(駒木令[訳]、原書房、2022年)

大久保ゆう(おおくぼ ゆう)

1982年生まれ。翻訳家。研究者としての専攻は、翻訳論・翻訳文化史。 16歳から青空文庫に翻訳作品を発表、大学院在学中からフリーランス翻訳家としても活躍。 文芸、サブカル、画集などの訳書や著作権についての批評も手がける。訳書に、スコット・L・モンゴメリ『翻訳のダイナミズム――時代と文化を貫く知の運動』、アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』等多数。

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