二宮敦人
1985年東京都生まれ。作家。 『最後の医者は桜を見上げて君を想う』『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』等、幅広いジャンルでベストセラーを発表。著書に『!』『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』『ある殺人鬼の独白』『さよなら、転生物語』『ぼくらは人間修行中 はんぶん人間、はんぶんおさる。』等がある。
臭気判定士
亀山 直人(かめやま なおと)
株式会社環境管理センター におい・かおりLab
「人間が嗅ぎ分けられるにおいが何種類くらいあるのか、というところからすでに意見が分かれています。30万とか300万とかいう人がいる一方で、1万とかせいぜい5000という人もいる。中には1兆種嗅ぎ分け可能という人も」
「え、1兆種類も? 1億の1万倍ですよね?」
「凄いでしょ。私もね、まさかと思ったんですよ。でも396個の遺伝子が関わっていて、さらに複数の嗅覚受容体が複数の化学物質に反応していることがわかってきた。となると、あれ? 組み合わせを計算してみると確かに、1兆もありえちゃうぞ……と。ただ実際にはそんなに化学物質の種類はないわけで、厳密にはまだよくわからない」
僕は鼻をこすった。普段何気なく使っているものなのに、思ったよりも奥が深いようだ。
「そして嗅覚はね、最も原始的な感覚ともいわれているんです。要するに化学物質のセンサーですよ。そこにどんな化学物質があるのか、を感じること。実は味覚も似たようなものなので、いったん二つをひっくるめて嗅覚としましょうか。すると、嗅覚がない生命というのは、存在しないかもしれない」
「そうか、化学物質を嗅ぎ分けられないようじゃ、生命としてやっていけないわけですね」
「ちゃんと調べたわけじゃありませんけど、そう考えられます。それくらい生命維持には欠かせない感覚なんです」
クンクン嗅いでいるように見えなくても、水の中の化学物質を捉えて餌を追いかける魚がいる。土の中のミネラルを嗅ぎつけて根を伸ばす植物がいる。
「犬なんかも凄いですよ。においで相手が誰か、個人の識別ができるんですから。昆虫の触角もそう。あれ、嗅細胞がたくさん並んでいるんです。だからゴキブリなんか、こうやってひょい、ひょいと触角を振り回せば、あたり一面のにおいを嗅げる。このにおいはちょっと時間が経ってるなとか、こっちの方が濃くてこっちが薄いなとか、三次元空間での分布を瞬時に嗅ぎ分けられるそうです。においで世界を『見て』いるともいえますね」
亀山さんは、何だか触角が欲しそうな顔である。
(つづきは書籍にて!)
1985年東京都生まれ。作家。 『最後の医者は桜を見上げて君を想う』『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』等、幅広いジャンルでベストセラーを発表。著書に『!』『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』『ある殺人鬼の独白』『さよなら、転生物語』『ぼくらは人間修行中 はんぶん人間、はんぶんおさる。』等がある。