川原繁人
1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。
<今回の質問>
「ぱぴぷぺぽの言葉はよく聞くけど、何で英語の言葉が多いの?」
4年生・なみ
川原 はい、ありがとう。じゃあ、ももの質問。「なぜ『ぱぴぷぺぽ』だけ丸が付くんですか」。昔、「ぱぴぷぺぽ」って音がなかった。だから平仮名で「ぱぴぷぺぽ」を表す必要がなかったんだね。だけど、英語とかからいろいろな単語を借りてきました。そうしたら、「ぱぴぷぺぽ」の文字が新しく必要になりました。だから新しく文字を用意したのね。
もも それで丸をつくった。
川原 そうそう、ばっちり正解。
****補足**** これは少し簡略化した説明です。「ぱ行」は一度日本語からなくなってしまったのですが、下で述べるとおり、「っ」の後などでは残りました。また、上でも触れたように、オノマトペでも「ぱ行」は残っています。ですから「ぱ行」が完全に日本語からなくなったわけではありません。 17世紀頃、日本を訪れたポルトガルの宣教師によって、日本語の文法書が執筆されました。それまでは「は行」と「ぱ行」の区別は、日本人にとっては文脈から推測できるものだったので、文字に表す必要はなかったようです。しかし、外国人の耳には、「は行」と「ぱ行」の区別が明らかではなかったのでしょう。そこで、「は行」の音と「ぱ行」の音を区別するために、半濁点が使われるようになったのだと考えられます。このような歴史を考えると、半濁点が使われだしたのは、「パン」などのポルトガル語からの借用語が始めかもしれません。ただ、英語とポルトガル語の違いや、細かい歴史的な背景は小学生には理解しづらいと思い、上記のように簡略的に説明しています。
川原 じゃあ、次の質問。「よくお菓子の商品名にパとかピが付けられているけど何で?」。わこ、素晴らしい質問だね。わこが挙げてくれた例は「パピコ」「パイの実」「チョコパイ」「アポロ」「ポイフル」ですね。なぜか。はい、そら。
そら それは外国の商品だから。
川原 そう。もうほぼ正解だと思う。要は、「ぱぴぷぺぽ」って日本人にとって完全には日本語の音じゃないから、外国っぽい響きがあるわけね。「パピコ」も「パイの実」も「チョコパイ」も「アポロ」も「ポイフル」も和菓子じゃないでしょう? 和菓子の名前が「ポイフル」だったらすごく嫌じゃない? 「ポイフル」って名前を聞いた時点で、あんこ入ってない気がするじゃない? だから、その商品の名前を付けるときに、「外国語っぽさ」をだしたかったんだろうね。それには外国語っぽい響きを持っている「ぱぴぷぺぽ」がピッタリだって開発者が思ったんだと思う。
このお菓子の名前に「ぱ行」が多いというのは、慶應の学生が発見して、私が2017年に出版した本で紹介したんだけど、その前は誰も気づいてなかったと思う。でも、この質問が小学生から来るってことはさ、みんなでもことばに関する新発見ができるってことよ。これも、ことばを研究する魅力のひとつだと思う。
はい、「ぱぴぷぺぽ」に関する次の質問。みとから。「日本は、『にほん』と呼べばいいの? 『にっぽん』と呼べばいいの?」。つまんない答えは、「どっちでもいい」です。これも正解ではあります。でも面白い謎もちゃんと潜んでいるんだ。「にほん」も「にっぽん」もあるけど、「にっほん」ってある?
―― ない。
川原 ないよね。研究者ってね、これとこれは実際にあるんだけど、これは何でないんだろうって考える力って結構大事なのよ。「にほん」もある、「にっぽん」もある、でも「にっほん」はない。なんでだろう?ってね。じゃあ、いくつか例を持ってきたから、みんなで読んでみよう。
―― 2本(にほん)と1本(いっぽん)
―― 2匹(にひき)と1匹(いっぴき)
―― 公表(こうひょう)と発表(はっぴょう)。
―― 後発(こうはつ)と出発(しゅっぱつ)。
川原 あと、葉(は)と葉っぱ(はっぱ)も面白い例だと思う。はい、何が見えてきましたか。じゅり。
じゅり 丸が付くのには、1回前にちっちゃい「っ」が付く。
川原 そうよ。でしょう? 本(ほん)とか匹(ひき)とか表(ひょう)とか発(はつ)っていう単語は、「っ」が付くと丸が付いちゃうの。日本語にはどうも、「っ」の後では「ぱ」が出てきて、そうじゃなかったら「は」っていうルールがありそうなんだよね。
ちょっと難しい言葉になっちゃうんだけど、これを音韻変化(おんいんへんか)って言うの。でも、これは普通の人は知らないから、今日家に帰って、「今日は音韻変化について学んできたんだ」って言っても、お父さんとお母さんにポカンとされるから覚えなくていいからね。ただ「音は出てくる場所によって姿が変わることがあります」っていうことをお伝えしたかった。
川原 じゃあ『ちはやふる』を好きな人いる? カルタやる人いる? あ、いる? いるね。カルタってこの音で始まったらこの札に決まるとか、これとこれで始まったらこの札で決まるっていうのがあるのね。そういう札を如何に早くとれるかが勝負らしいです。それでカルタをやる人の中には「感じがいい」っていう人がいるんだって。で、『ちはやふる』の漫画の主人公の千早は感じがいいのね。具体的には、こういうことなんですよ。
「し」で始まる札って「しらつゆに〜」と「しのぶれど〜」の2枚ある。だから本当は「しら」か「しの」まで読んでからじゃないと、どの札を取っていいのかわからないはず。なのに、千早は「し」で取っちゃう。千早は、「し」の次に「ら」が来るのか「の」が来るのか、耳で聞いてわかっちゃうんだね。そういう人が漫画だけじゃなくて現実の世界にもいるんだって。
これは、さっき話した音韻変化が関わっているんだと思う。さっきの例は「『っ』が付くと丸が付く」みたいに、文字に現れるからわかりやすくて、それに比べると、こっちはちょっとわかりにくいかもしれない。でも、この「しらつゆ」の「ら」とか「しのぶれど」の「の」が前の「し」に‥‥‥。
―― 影響する。
川原 そう、影響するのよ。いい言葉使った。だから、「し」にもう「の」の気配が聞こえていて、その気配を聞いて札が取れるってことなんだね。ほら、音声学がわかると『ちはやふる』もよくわかるんだよ。
(第3回 おわり)
1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。