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感じる人びと 第2回 手で「感じる」 光が透けるまで岩を薄く磨くひと

二宮敦人

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Illustration もとき理川

薄片技術者
平林 恵理(ひらばやし えり)

国立研究開発法人産業技術総合研究所
 地質調査総合センター
 地質情報基盤センター 地質標本館室 地質試料調製グループ 主査



<取材協力>

理学博士 内野 隆之(うちの たかゆき)

国立研究開発法人産業技術総合研究所
 地質調査総合センター
 地質情報研究部門 シームレス地質情報研究グループ 研究グループ長

野菜の良し悪し、見抜くがごとく

「意外と触ってみるとわかるものですね」

 そう言うと、平林さんは嬉しそうに頷いた。

「そうでしょう。基本的には誰にでもある感覚だと思います。後はそれをどれだけ引き出していくか、育てていくか、です」

 ただ、わかったところで適切な力で押さえ、瞬時に判断し、綺麗に磨くのはやはり簡単なことではない。

「チェックなしに一人で仕事を任せられるようになるまでは四、五年ですかね。その人にもよります、ある時何かを掴んでぐっと伸びる、なんてこともありますから」

 実際にやってもらうのが一番、と言われた理由がわかる気がした。誰でもそれなりにできるが、奥は深く、五感をフル活用していて、ところどころ理屈では曰く言いがたいものがある。

「野菜の良し悪しを見分ける技とか、そういうものに似ていますね。どこか感覚的と言いますか」

「そう、そう。そうですよね。さあて、いよいよ仕上げです」

 研磨の尻拭いをやってもらい、平林さんの机に向かう。

「この瑪瑙板(めのうばん)で磨き上げます。これも最近は欲しくてもなかなか買えない、希少品です」

 机には硯のようなものが置いてある。単行本くらいのサイズで、光沢のある深緑色。感触は滑らかで、硬いナタデココを思わせる。表面に研磨材と水をかけ、墨を磨るような動作で平林さんが岩石を磨いていく。ほとんど音はない。

「何となく表面を感じながら。機械だと減らなかったところが、瑪瑙板だと減りやすかったりもするので」

 僕もやらせてもらった。瑪瑙板自体にも、ごく微かだが厚いところと薄いところがあるらしい。言われてみればこれも何となく感じる。だが、削っている感覚はあまりにも微かで、ほとんどわからなかった。

「じゃあ、顕微鏡で見てみましょうか」

 もはや岩石は、横から見て存在に気づけるかどうか、というほど薄くなっている。スライドガラスを偏光顕微鏡にセットして、接眼レンズを覗き込む。

「おおっ」

 思わず声が出た。まるでステンドグラスのよう。色とりどりの透き通った石が細かく組み合わさっていて、動かす度に万華鏡のごとく煌めく。無骨な岩の中に、こんな世界が広がっていたとは。

「個人的には0.05ミリくらいの厚さが一番綺麗だと思います。この後、樹脂でカバーガラスを貼り付けて、出来上がり」

 ここまでで約一時間。薄片の完成である。

(つづきは書籍にて!)

二宮敦人(にのみや あつと)

1985年東京都生まれ。作家。 『最後の医者は桜を見上げて君を想う』『最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常』等、幅広いジャンルでベストセラーを発表。著書に『!』『世にも美しき数学者たちの日常』『紳士と淑女のコロシアム「競技ダンス」へようこそ』『ある殺人鬼の独白』『さよなら、転生物語』『ぼくらは人間修行中 はんぶん人間、はんぶんおさる。』等がある。

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