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ソヨゴ書店 『フランケンシュタイン』×『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』

dao-dao(ソヨゴ書店店主)

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こうしたもろもろの思いを抱いて、わたしは人間の創造に取りかかったのです。完成までの時間を短縮するには、各部位の細かさが障害になりそうでした。それで、当初の心積もりに反して、巨大な人間を造ることにしました。身の丈を八フィートとして、それに合わせてほかの部位も大きくするのです。
『フランケンシュタイン』より


SF小説の祖、とも言われるホラー小説の古典『フランケンシュタイン』。
作者はイギリスの小説家メアリー・シェリー。彼女はこの「恐怖の物語」を1816年から書き始め、1818年に匿名で発表したそうです。
今回ご紹介する新潮文庫版は、1831年に刊行された「第三版」が原本となっており、「まえがき」「序文」で『フランケンシュタイン』誕生の経緯が語られています。


若い娘の身空で、どうしてこんな恐ろしい物語を思いつき、それをひとつの作品にまで膨らませることができたのか?
『フランケンシュタイン』より


これは、「まえがき」でメアリー自身が「よく尋ねられる質問」として紹介している一節。今こんな聞き方をすると問題になりそうですが、それほどこの作品は当時の人々に衝撃を与えたということかもしれません。

化学の魅力にとりつかれたヴィクター・フランケンシュタイン博士が生命の創造に着手する、という禁断の物語。その先に待ち受ける数々の悲劇は哲学的な問いも含んでいて、荒唐無稽ではあるものの、科学が進歩した現代でこそ楽しめるという側面もあります。しかしこの小説、ヨーロッパの美しい風景を織り交ぜながらも、やはり怪奇小説ですからひたすら不穏な空気が漂います。
博士の手によって恐ろしい姿に創り上げられてしまった「怪物」は実験室から逃走しますが、行く先々で普通の生活をおくることができません。人を信じようとする気持ちは徐々に消えていき、博士を憎み、世界を憎み、己を憎むことになるのです。


おれはこの身の不幸をわかってほしいと言いたいのではない。そもそも人にわかってもらえたことなど、ただの一度もないのだから。
『フランケンシュタイン』より


「怪物」の悲痛な叫びが、胸に迫ります。登場人物がことごとく悲劇に見舞われる怒涛の展開を見せる『フランケンシュタイン』は、読んでいて息苦しくなる作品でもありますが、ホラーとSFの原点の作品としてぜひご一読を。


一方、『猫にご用心』は「世界で初めて英語で書かれた小説」といわれる1553年の小説ですが、『フランケンシュタイン』と奇妙な共通点があります。
「猫にご用心」で主人公のストリーマ氏は猫の言葉を理解するために文献を紐解きながら秘薬づくりに着手しますが・・・


ここにいる諸君はわが友であるから、何も包み隠さずに、わが秘薬を作り飲むまでの自身の行動を逐一語ることにしよう。アルベルトゥスいわく、「もし汝、鳥獣の声聴かんと思わば、二名徒党を組み、……
『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』より


一方、近代科学に理解を示しながらも、過去の神秘主義的な科学者たちの魅力のとりこになるフランケンシュタイン。


 帰宅していちばん最初にしたことは、アグリッパの著作をすべて手に入れることでした。続いてパラケルススとアルベルトゥス・マグヌスの著作も残らず揃えました。こうした著者の手になる途方もない夢を、わたしは喜び勇んで読みふけり、学びました。
『フランケンシュタイン』より


さて、この2作に登場したのは「アルベルトゥス・マグヌス」という人物。この人、いったい何者なのか。大久保ゆうさんによる『猫にご用心』の解説によると、


とりわけ本作が典拠とするのは、トマス・アクィナスの師匠アルベルトゥス・マグヌスが書いたとされる別名『秘宝の書』です。錬金術的な内容も含まれたこの魔術書は、当時の英国でもラテン語版と英語版が出回っていて、ストリーマ氏が参照したのは、そのうち薬草・鉱物・動物の薬効と加護を考える巻のようです。
『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』より


とのことです。13世紀の哲学者にして自然学者であったアルベルトゥスは、邪悪な魔術というよりは「自然魔法」というものを信じていたらしく、このあたりの話題にご興味のある方は澁澤龍彦の『黒魔術の手帖』(河出文庫)をお読みいただければと思います。

生命を創造するフランケンシュタイン博士と秘薬を作るストリーマ氏の姿は、アルベルトゥス・マグヌスつながりということも相まって、なんだか重なって見えてきます。

冒険家と博士と怪物の語りが交錯する『フランケンシュタイン』。人間と猫の語りで構成される『猫にご用心』。ともに複数の「語り」で構成されるところも少し似通っています。前者はホラー小説の歴史を語るうえで欠かせない名作として語り継がれていますが、後者は文学史に埋もれた奇書としてめったに語られることがありません。でも、『フランケンシュタイン』からさらにさかのぼりたどっていくと、同じイギリスで生まれた『猫にご用心』という怪奇小説にたどり着く、なんていう新たな文学史が描かれると面白いなと思います。
『フランケンシュタイン』は悲劇、『猫にご用心』は喜劇、といった趣きがありますが、ともに「イギリスが生んだ怪奇小説」ということでぜひお手に取っていただけると嬉しく思います!


【今日の本】
『フランケンシュタイン』メアリー・シェリー著 芹澤恵訳(新潮文庫)
『猫にご用心 知られざる猫文学の世界』ウィリアム・ボールドウィン他著 大久保ゆう編・訳(soyogo books)

(ソヨゴ書店 今日の本 その3 おわり)

dao-dao(ソヨゴ書店店主)(だお・だお)

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