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「ことば」と「音」で遊ぼう! <小学生と学ぶ超言語学入門> 最終回 ことばの多様性

川原繁人

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Illustration ryuku

<今回の質問>
「なぜ世界のことばは共通して同じことばじゃないの?」 4年生・なぎ
「なぜ関西弁があるの?岩手のおじいちゃんもしゃべり方がちがう‥‥‥なんで?」 4年生・さやは

 いよいよ最後の話題になります。「なんで違う言葉が存在するんですか?」「日本の中でも方言が違うのはなぜ?」。講義の前に寄せられたこれらの質問を読んだときに、私は生徒たちが「方言が違うと不便じゃないですか?」というネガティブな気持ちを持っているのかと思いました。しかし、私としては言語の多様性を受け入れることは非常に大事なことだと思っています。ですから、この講義を受けてくれた生徒たちがこれからの日本を作り上げていくにあたって、もっとも大事なメッセージになるかもしれないと思い、この話題を最後に取り上げることにしました。

バベルの塔って知ってる?

川原 じゃあ本当に最後の話題。さっき休憩中に質問に来てくれた人がいるのよ。なぎ、どういう質問だっけ?

なぎ 原始人のときは世界の言葉は共通だった?

川原 そう、「原始人のときって世界共通の言葉があったんですか」って聞いてくれたんだけど、どうだろうね。正直わからない。でも、この問題を考えるためにヒントになるようなことはあとで紹介するね。

 あと、なぎは事前にもこんな質問をしてくれたんだ。「世界のことばは、何で同じ言葉じゃないの?」。さやはも「何で関西弁があるの?」「岩手のおじいちゃんのしゃべり方が違う、何でですか?」。これ、不思議に思った人、どれくらいいる? 

―― (ほとんどが手をあげる)

 「なんで色々な言語があるの?」っていう疑問も人々が昔から不思議に思ってたみたいで、さっきお話しした旧約聖書っていうキリスト教の人が読む本に出てくるんです。「バベルの塔」っていうんだけど聞いたことある人はいる?

―― 知ってる。

川原 聞いたことある?

―― ない。

―― ある。

川原 どんな話だか知ってる? 

そら 何だっけ、人間が天に届くすごく高い家を作ろうとして。

川原 塔だね。バベルの「塔」だから。

そら 高い塔を作ろうとしたんだけど、それを神様とか天使たちが駄目だよって言ったのに聞かずに、作り続けたからみんなを違う言葉にしちゃった。

川原 そうそう。素晴らしいね。読んだ? 聞いた?

そら 前、美術館に行ったときにあって、お母さんが教えてくれた。

ピーテル・ブリューゲル(父)「バベルの塔」1563年 

川原 有名な話だから絵の題材にもよく使われているし、それだけ多くの人が知ってる話なんだけど、まさにそらが言ってくれたように、人々が協力して天に届く塔を建てて自分たちも天界に行こうとしたんだね。神様は怒ってその塔を破壊しました。何で人間たちはそんな大それたことができたかっていうと、みんなが同じ言葉を使って協力できたからだ。だから、協力して天に届くなんてことを考えさせないように、神様が言葉をばらばらにしたっていう話です。

 これも多分本当にあった話ではないんだけども、大事なのは、「なんでことばが違うのか」っていうのも人類がずっと考えてきた問題だっていうこと。だから、みんなが同じ疑問を持つのは自然だし、これからもずっと考え続けてほしいねって思います。

 あとは、個人的には、「言葉が一緒で協力できる」ってすごい大事なことだよねっていうメッセージもこのバベルの塔のお話には隠れている気がする。言葉が一緒で協力できたからこそ、神のところにたどり着こうとしたわけだから。みんなで協力するって大事だよね。

世界各地で話されている言語の共通祖先

川原 じゃあ、私なりに「何で言葉は違うんですか」っていう疑問に答えて、今日の講義を終わりにしようと思います。まず、言葉って変わるのよ。多分私がしゃべってる日本語とみんながしゃべってる日本語ってちょっと違うと思う。和光の中で流行ってる言葉とかない?

―― ない。

川原 そっか(笑) 和光の中にいたら和光だけで流行ってるかどうかわからないよね。例えば自分のこと「うち」って言う人、どれくらいいる? 

―― 言ったりするわ。

川原 言ったりする? 私は言わないんだね。「うちは〜〜」って言うと、例えば川原家の話とか田中家の話に聞こえちゃうんだよ。だけど、みんな「私」っていう意味で「うち」って使うでしょう? そういうふうに言葉ってちょこちょこ変わっていくのよ。たぶん、みんなのおじいちゃん・おばあちゃんが話す日本語とみんなが話す日本語ってけっこう違うんじゃないかな。いつか機会があったら、注意深く聴いてみてごらん。あとは、日本語では、男の人と女の人でしゃべり方が違ったりするじゃない?

―― 「俺」とかって男の子のほうがよく使う。

川原 そう、良い例だね。だから、どうやって話すかっていうのは、自分がどういう人なのかを積極的にアピールする道具でもあるわけよ。服と一緒だ。自分の好きな服とかあるでしょう? どうやって話すかによって、自分がどういう人間であるかを表せるわけだ。話し方って自分を表現する道具のひとつなのね。ちょっと難しいことばでいえば、自分の「アイデンティティ」なのよ。

 とにかく、ことばって常に変わっていくものです。すると、あるグループの人たちと別のグループの人たちで交流がなくなっていくと、それぞれのグループの言葉が別々に変化してっちゃうんだよね。そうやって時間が経っていくと、お互い通じないほど変わって、別の言葉になっちゃう。

 こういうようなことばの変化を研究する学問があって、すごいことがわかってきました。今世界中のいろいろなところで話されている言語は、もともとひとつの言語だったってことがわかった。この図を見てみようか:

インドヨーロッパ祖語から、どのように現代のさまざまな言語が派生してきたかを示した図。元図はラトガーズ大学のJack Lynchによる。https://sohopress.com/the-proto-indo-european-family/より引用。

 ヒンディー語やベンガル語は、今でいうインドのあたりで話されている言葉だね。英語、ギリシャ語、ドイツ語、フランス語なんかはヨーロッパの各地で話されている。この図に含まれているのはそれだけじゃなくて、東欧諸国で話されているポーランド語やさらに東で話されているロシア語。北の方にいけば、北欧のノルウェー語やスウェーデン語、それに、アフリカの大陸で話されている南アフリカ語まで入ってる。これらの言語って今は全然違う言葉で、お互いしゃべっても通じないんだけど、歴史をたどっていくと、もともとひとつの言葉だったことがわかってる。

川原繁人(かわはら しげと)

1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。

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