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「ことば」と「音」で遊ぼう! <小学生と学ぶ超言語学入門> 第1回 言語学者、母校に帰る

川原繁人

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Illustration ryuku

<今回の質問>
「言葉って何がおもしろいの?」 4年生・らん

なぜ母校で特別授業!?

 さて、今日は何で私が和光で教えることになったんでしょう。いろいろ理由はあるんですけど、直接的な原因の一つは小菅先生です。今年の5月にね『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』っていう本を出したんです。せっかくだから、恩師の方々に贈らせていただきました。そうしたら、小菅先生が「和光で小学生相手にお話ししたら面白いんじゃないの?」と言ってくださいました。それが理由のひとつ。

『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』
(朝日出版社)

 もうひとつは、日本印刷が私と新しい企画をやりたい、と言ってくださった。それで、「小学生にもわかる音声学というのはどうでしょう」という提案がありました。「小学生でもわかる」という本を書くんだったら、ちゃんと小学生に教えてみないと書けないと思っていたんです。「教えたふり」じゃいやだったの。そんな話をしている時に、小菅先生にも勧められて、北山先生にもこの本を贈りました。そうしたら丁寧なお手紙をくれて。「あ、そういうことならもう実際に和光で教えるしかないな」となりました。

 私にも娘がいて、今、幼稚園の年少と小学2年生だから、上の娘は4年生のみんなとあまり変わらないかもしれない。子どもと話していると、すごく学ぶことが多いのよ。人間としても研究者としても。だから、普段私が娘とやっているようなことを、もうちょっとわいわい大人数でやりたいなと思って今日があります。ちょっと前置きが長くなりましたが、よろしくお願いします。

ことばの研究って何が面白いの?

 本番にいきます。みんなからもらった質問なんだけど、ちゃんと全部答えてきたからね。じゃあね、らんからもらった質問。らんは大胆に直球で聞いてくれました。「ことばって何が面白いの?」。これいい質問だよね。大人になると、「先生、それ何が面白いんですか」ってなかなか聞いてくれないから、こうやって聞いてくれたのはうれしかったです。この質問に対する答えは今日一日を通してお答えしていくつもりです。でも、私は20歳のときに「自分の人生、ことばの不思議に向き合うことに捧げる」と決意して、それから22年経つけれども言語学者をやめたいなと思ったことはないから、多分楽しいんだと思う。何でかは‥‥‥ひと言では難しいかな。今日はみんなが帰って「将来言語学者になろう」と思うかもしれない。思わなくてもいいんだけれど、少なくとも「ことばについて考えるってこんなに楽しいんだ」って思ってもらえたらいいなと思います。

 ここからみんなの意見も取り入れながらいろいろ話していくね。突然なんだけど、「にせたぬきじる」という表現と「にせだぬきじる」という表現をゆっくり考えてみて。このふたつって意味が何か違うなって感じられる? じゃあ、誰か。みあがうなずいていたから、じゃあ、みあ、いこう。

みあ にせたぬきじるというのは、普通のたぬきじるに「にせ」というのを付けたのと、にせだぬきじるっていうのは‥‥‥。

川原 いいねいいね、にせ物なのは何だろう、「にせだぬきじる」で。

みあ だぬき。

川原 そうだね「だぬき」、まぁ「たぬき」だね。みあは「『にせたぬきじる』は、たぬきじるに「にせ」というのを付けたもの」と言ってくれたよね。つまり、にせたぬきじるは、にせ物なのは何?

―― たぬきじる。

川原 この違いわかる? 「にせたぬきじる」は「たぬきじる」のにせ物です。「にせだぬきじる」は、「たぬきのにせ物」が入ったおしるです。ああ、なるほどって、すとーんとくる?

―― あ、確かに。

川原 確かに? うん。みんなどう思う? 言いたいことがあったら言って。

―― にせたぬきじるは、「たぬきじる」をにせ物にして、それをまたさらににせ物にした?

***補足*** 
 書き起こしを編集しながら、この発言は非常に興味深いものだと感じました。「にせたぬきじる」で「にせもの」なのは、「たぬき」と「しる」両方でもあり得ます。その感覚を「さらににせものにして」という表現にしたのでしょうか。

川原 そうだね。もう1回まとめるね。「にせたぬきじる」は「たぬき」と「しる」がくっついて「たぬきじる」になりました。それをにせ物にしましたよ。「にせだぬきじる」は、「にせ物のたぬき」がありました。「にせだぬき」って呼びましょう。それの「しる」ですっていうことだよね。

 ここで不思議なのは、点々一つが付くか付かないかだけで意味が違うっていうこと。「た」と「だ」が違うだけで意味は違っちゃう。でも、この意味の違いってみんな誰にも教わってないじゃない?

―― うん。

川原 絵本に出てこなかったでしょう? 多分お父さんもお母さんも教えてくれなかったと思う。「いーい、みあちゃん、『にせたぬきじる』の意味はこれこれで、『にせだぬきじる』の意味はこれこれよ」なんて親はいない。だけど、わかるのよ。自分ですぐにぱっとわからなくても、みんなで考えたら「ああ、なるほど」ってなったでしょう? 点々だけから何でこんな意味の違いが出てくるんだろう。「何でこの違いがわかるんだろう?」って不思議に思わない? この不思議を発見できるのが、言語学の魅力のひとつね。

***補足***  
 この「にせたぬきじる」と「にせだぬきじる」の話は、「連濁」という現象が関係しています。多くの研究者が「連濁」の分析に人生を捧げてきましたし、今でも研究が盛んにおこなわれている言語学の分野では世界的に有名な現象です。自著で恐縮ですが、『フリースタイル言語学』(大和書房)では、なぜこのふたつの表現の意味が異なるのか、その裏に潜むシステムを紹介しています。ご興味のある方は是非ご一読下さい。

(第1回 おわり)

川原繁人(かわはら しげと)

1980年生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。 カリフォルニア大学言語学科名誉卒業生。 2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)を取得。 ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て帰国。 専門は音声学・音韻論・一般言語学。 『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)等、著書多数。

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