dao-dao(ソヨゴ編集部)
日本印刷社員。soyogoとhon amiという2つの新ブランドを立ち上げて、事業を軌道に乗せるべく日々試行錯誤を続けながら、土日は子守りに奮闘中。
「このお若いかたにはおそろしいものがついとるな。命をねらわれとる‥‥‥」
自身が経営する病院で不可解な出来事が立て続けに起きたことを不審に思った医師・久住博士は、相談を持ちかけた僧侶にこう言われ、この病院の建物にまつわる恐ろしい出来事を聞かされる‥‥‥。
こんなふうに幕を開ける小説「亡霊怪猫屋敷」は、作家・橘外男が1951年に執筆した作品です。のちに映画化もされたこの小説を、文学フリマ東京39に出品したいと考えたのは10月頃のこと。気が付けば12月1日の開催日が近づいてきており、かなり焦り始めた時期でした。
soyogo booksでは2025年2月に、大久保ゆうさんの連載「知られざる物語~小説の源流をたずねて」から、世界初の英文小説といわれる「猫にご用心」を書籍化する予定です。この数か月、書籍の制作に本腰を入れつつ、諸々のことを進めている中で文フリ出品本の制作がつい後回しになってしまい、気が付けば10月になってしまったのです(反省)。
「やばい! もう1冊しか作れないかも」と思いつつ、せっかくなので「猫にご用心」に関連する本を作りたいと考えました。「猫にご用心」のストーリーを説明するのはなかなか難しい。かなり簡単にしてしまうと、とある猫の噂話を聞かされた主人公・ストリーマ氏が、猫の言葉を知りたいがために動物の言葉が分かるようになる秘薬を作り出し、ついに猫たちの会話を盗み聞きすることに成功して‥‥‥、という内容です。当然虚構の物語なのですが、「こんな話を聞きました」といった導入によってまるで実話のような書き方がされており、魔術や宗教の話題が入り乱れながら猫たちの会話や人間たちの滑稽な姿が描かれる、実に奇妙な小説です。
この「猫にご用心 知られざる猫文学の世界」の収録作品には共通して「グリマルキン」という猫が登場します。この猫は悪魔の使いのようなイメージで現代まで語り継がれるのですが、その解説は書籍でお楽しみいただくとして、このグリマルキンにあやかって、日本の化け猫小説を青空文庫さんから拝借しようかと考えました。猫と文学というのは相性がよさそうなイメージですが、化け猫となると少し作品数も限られてくるのかもしれません。いくつか候補はあったのですが、今回アンソロジーとして選んだのは、
橘外男「亡霊怪猫屋敷」
田中貢太郎「猫の踊」
岡本綺堂「半七捕物帳 猫騒動」
の3本です。
橘外男という作家は、なかなか興味深い経歴を持っています。
1894年生まれで、北海道鉄道管理局勤務の時代に横領罪で実刑判決を受けて1年ほど服役。1936年、文藝春秋に応募した小説が入選し直木賞の候補に。1938年『ナリン殿下への回想』で第7回直木賞を受賞しました。
この作品への選評が面白く、吉川英治は「数え立てれば、幾多の欠点や不満が指摘されるであろう。しかし、氏の特徴的な不逞な面魂はそれらの欠点を充分補っている。」と論評。菊池寛は、「今度の直木賞は、この人にやるべきだと自分は思っていたが、先月号の本誌に出た作品が、あまりダラダラしているので、嫌になっていたが、しかしあのダラダラした饒舌をも、欣んで読んでいる人が多いので、やはり橘君にやっていゝと思い返したのである。」と記しています。なんだかいろいろと文句を付けられながら、無事に直木賞を受賞できたようです。
橘は戦中、満州国に家族で移住し、敗戦後に帰国します。この戦争体験はその後執筆する小説にも色濃く反映されているそうです。
「亡霊怪猫屋敷」はとてもオーソドックスな日本の怪談、といった趣の作品です。語り口は児童書っぽい雰囲気もあり、エンタメ小説としてリーダビリティもバッチリでとても楽しく(?)読める小説です。
田中貢太郎は怪談を数多く執筆した作家です。著作群には「日本怪談実話」や「霊能者列伝」といった作品が並び、なんだかとても面白そうです。井伏鱒二などの作家を育てたといわれており、死後に菊池寛賞を受賞しています。ちょっと深堀りしていきたい作家ではありますが、今回取り上げたのは猫が出てくるなんとも不思議な味わいの短編小説です。
岡本綺堂は「半七捕物帳」で有名な作家ですね。今回取り上げたのも、「半七」シリーズの系譜に連なる一編で、老婆に取り憑く化け猫が出てきます。ミステリとしてそれほどひねりのある作品ではありませんが、これもまた一種の怪談として読むと面白いです。
この3編を集めると、320ページの大ボリュームになりました。最低でも1500円に設定しないと苦しいのですが、初版50部は特別価格1000円にして出品することに。まずは半分の25部完売を目指して会場に発送したのですが、現実はそう甘くはありませんでした‥‥‥。
参考サイト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E5%A4%96%E7%94%B7
https://prizesworld.com/naoki/jugun/jugun7TS.htm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E8%B2%A2%E5%A4%AA%E9%83%8E
https://www.kochi-bungaku.com/846/
http://museum.town.shoo.lg.jp/artist/11
日本印刷社員。soyogoとhon amiという2つの新ブランドを立ち上げて、事業を軌道に乗せるべく日々試行錯誤を続けながら、土日は子守りに奮闘中。